JAXAの野口聡一宇宙飛行士が3名のNASA宇宙飛行士と共に搭乗し、国際宇宙ステーション(ISS)へ向かう民間宇宙船「Crew Dragon(クルードラゴン)」の運用1号機「Crew-1(クルー1)」の打ち上げは2020年10月31日と決まった。
野口聡一宇宙飛行士は、2016年、宇宙関連の国際会議としては世界最大規模のIAC(国際宇宙会議)の席で、クルードラゴンの開発元であるスペースXのイーロン・マスクCEOに直接「最初にクルードラゴンに乗る外国人は僕だから」と宣言したという。それから4年、野口さんは宣言通りNASAの国際パートナーとして初めて、クルードラゴンでISSへ赴くチームの一員となった。
1996年に日本人宇宙飛行士として選抜された当初は、最初の宇宙飛行経験後に航空機のエンジニア職に戻ることも考えていたという野口さんが、スペースシャトル、ソユーズ、クルードラゴンと3種類の宇宙船を経験し、常に新しいミッションにチャレンジする宇宙飛行士としての人生を選んだのか。ミュージシャンの矢野顕子氏との対談による『宇宙に行くことは地球を知ること 「宇宙新時代」を生きる』(野口聡一、矢野顕子著、林公代 取材・文、光文社新書)はその選択の背景を語り尽くしている。
日本人宇宙飛行士のみならず、世界の宇宙飛行士にとっても、宇宙服ひとつで宇宙船、宇宙ステーションの外へ出る船外活動(EVA)は稀有な経験だ。野口さんは800時間にも及ぶ事前の過酷な訓練を重ね、それでも最初の一時間で恐ろしいほどの疲労を経験しているという。なかなか想像しがたいこの経験を、野口さんは豊富なディテールとともにまっすぐに語ってくれる。
そして、野口さんの言葉を引き出しているのが、音の世界を生きる矢野顕子さんの体験に裏打ちされた質問だ。手を叩く音で部屋の広さ(空間の広がり)を把握し、愛車のエンジンの調子を音で確かめていたという矢野さんの体験談から、制限されている身体の感覚を別の感覚で補って「自分の内部に外の世界をつくり上げていく」という野口さんの宇宙での生き方へと話はつながっていく。
こうした宇宙飛行士の生き方を、2つの言語環境で生きるバイリンガルならぬ、「無重力環境と重力環境を使い分ける『バイ重力系』と呼んでいいかもしれません」と野口さんはいう。あいまいなたとえ話などはほとんどなく、読む側の宇宙に対する「解像度」が上がる言葉が本書には詰まっている。
そして後半には、航空エンジニア出身の野口さんならではのスペースXに対する評価が語られている。2011年にスペースシャトルが引退したとき、スペースXはアメリカの民間宇宙船開発計画「コマーシャルクルー計画」の中ではあくまでも候補企業のひとつ。最初に民間宇宙船として宇宙飛行士輸送を担うと決まっていたわけではなかった。それが同じ民間宇宙船開発企業であるボーイングを制して競争に勝ったのはなぜか。
スペースXは決してトラブル知らずの企業というわけではない。ISSへの物資輸送業務では、クルードラゴンの前身であるドラゴン宇宙船で打ち上げ直後に爆発するという事故を経験している上に、衛星打ち上げロケットの事故、クルードラゴン開発中の火災事故と開発を遅らせた事故が何度もあった。だが、スペースXはトラブルから回復する力、野口さんたちクルー1のチームが重視する「レジリエンス」を持つ企業だという。
では、スペースXがレジリエントな企業となったのはなぜか。「トラブルの原因をピンポイントに突き止めるエンジニアリングセンスは、実際にハードウェアを作って打ち上げることで培われるものです」「現時点で世界で一番ロケットを作り打ち上げているのはスペースXですから」と、エンジニア出身の野口さんならではの視点で分析される。
野口さんは、写真を添えた豊かな宇宙からの情報発信にも熱心だ。クルードラゴン船内からの中継も希望しているという今回のISS長期滞在ミッションだが、宇宙飛行士との更新イベントに地上から矢野顕子さんが呼びかける可能性はあるのだろうか? 実現のほどはわからないが、もしあるとすれば素晴らしいセッションになりそうだ。
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October 04, 2020 at 04:00PM
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