もしあなたが45歳だとしたら、まだ人生の道半ばであると感じられるだろう。年寄りというわけでもないが、かといって若さがみなぎっているわけでもない。来し方を振り返って現状を吟味するにはいい時期でもある。
それこそが、まさにティム・クックがアップルでしていることなのだ。同社は2021年4月に創業45周年を迎えようとしている。
カリフォルニア州クパチーノに約50億ドルかけてつくられた、まるで宇宙船のように見えるアップルの本社。そのガラスの壁を通してクックが見ているのは、かつてないほどまでその価値を増した巨大企業だ。
アップルの株価は2019年には2倍以上に跳ね上がり、時価総額は2020年1月に1兆4,000億ドルに達した。これはドイツ株価指数(DAX)の上位30社を合わせた金額を超える額になる。
それでもクックの仕事がこれほど複雑で、管理が難しく、リスクが多いように見えたことは、かつてなかった。あきれるほど高い基準を満たし、次なる新しい物を発明して、また再発明しなければならない。しかも、未知なる海域へと漕ぎ出しているのだ。
批評家もファンも同様に、こう問いかけている。アップルは自身が何者であるか、いまでもわかっているのだろうか、と。アップルは自社の強みを生かしているのか、それとも手を広げすぎているのか。
「これはわたしたちの歴史上、奇妙な時期なんです」と、非公式に取材に応じてくれたアップルのある経営幹部は語る。「わたしたちはあらゆることを試しています。AirPodsのようないかにも『アップルらしい』ものもあれば、テレビ番組のような、すでに非常に確立された分野のものもあります。一度にひとつの『think different』なことをすることからの大きな変化です」
かつてない幅広さと厚み
クックの多角化は市場を反映したものだ。コンシューマーテクノロジーが急速に変化していることから、スティーブ・ジョブズがデザイン責任者のジョナサン・アイヴを傍らに置いて指揮していたころよりも、消費者を引きつけ続けることがはるかに複雑になっている。アップルは「かつてない幅広さと厚みで事業を展開している」と、クックは言う。
ハードウェアを例に挙げよう。アップルはいま、ジョブズとアイヴが生み出したMacとiPad、iPhoneに加えて、腕時計とAirPodsを販売している。拡張現実(AR)メガネと、ゲームとヴァーチャル会議で使うための仮想現実(VR)とARヘッドセットの開発が噂されている。
さらにユーザーをアップルのデヴァイスにつなぎとめ、新たな収益源を増やすために、クックは多岐にわたる新サーヴィスに乗り出している。「Apple TV」で観ることのできる「Apple TV+」のオリジナルドラマ、“信頼できるニュース”を提供するサーヴィス、ゴールドマン・サックスと提携した金融サーヴィス、Apple Watchの心拍数をはじめとするセンサーを活用したヘルスケアといった具合だ。
クックはまた、あらゆるテック大手を悩ませている問題も抱えている。ロシアと中国では政治的な問題に直面しており、中国におけるiPhoneとiPadの生産と消費は、新型コロナウイルスの影響を受けている。アップルはまた、その租税体制に対してEUから課せられた150億ドルの追徴課税とも闘っている。
しかもこれらをすべてを、クックはアップルをアップルたらしめる上で大きな役割を担ってきたふたりの経営幹部がいない状況でやってのけなければならないのだ。アイヴと小売部門を率いたアンジェラ・アーレンツは、いずれも2019年に同社を去っている。
ILLUSTRATION BY GREGORI SAAVEDRA
業績は絶好調
とはいえ、クックには上機嫌になる理由が山ほどある。高価なハードウェアをつくって販売するというアップルの主要事業は好調だ。iPhoneは2018年には不安定だったが、19年第4四半期には売上高が560億ドルまで増え、これは前年同期比で8パーセント増だった。9月の発売が予想されている5G対応のiPhoneは、売上高をさらに押し上げるだろう。
センサー内蔵で音声アシスタント機能をもつインイヤー型ワイヤレスイヤフォン「AirPods」は、正真正銘のヒット商品だ。ウェドブッシュ証券のダン・アイヴスによると、AirPodsはすべてのアップル製品のなかで最速の成長率を誇っており、利益率は50パーセントを超えるという。ノイズキャンセリング機能を搭載した250ドル前後の「AirPods Pro」は20年に150億ドルに届くほどの売上高に達する可能性があり、21年には同社第3位の高収益商品になりうるとアイヴスはみている。
Apple Watchは発売当初こそ動きが鈍かったものの、順調に時を刻んでいる。Strategy Analyticsの分析によると、アップルは現在、収益においては世界最大の腕時計メーカーとなっており、スイスの腕時計業界全体よりも多くの腕時計を販売しているという。
アップルは19年に3,100万台のApple Watchを出荷したが、これは18年の36パーセント増である。対して由緒あるスイスブランドの出荷数は2,100万台だったと、Strategy Analyticsは推定している。すべてのハードウェアとサーヴィスによるアップルの総収益は、19年第4四半期に前年比で9パーセント増の918億ドルとなり、過去最高の四半期収益を記録した。
逆境もバネにしてきたクック
製品とサーヴィスを別にしても、クックはほかのテック大手の最高経営責任者(CEO)よりも「テックラッシュ」にうまく対応してきた。IT分野で最も議論が起きやすい社会的・政治的問題、すなわちプライヴァシーの問題を、クックは巧みに競争優位性にしてきたのだ。
ユーザーの個人情報を取得して、それを収益化するビジネスモデルを採用しているシリコンヴァレーの隣人、とりわけグーグルとフェイスブックを批判する機会を、クックが逃すことはめったにない。アップルはそうしたビジネスモデルを採用していないからだ。
世界の舞台では、クックは北京の怒りを買うことを避け、結果として世界最大の家電市場で繁栄している。アナリストによると、アップルは19年6月までの12カ月間に中国で440億ドルの売り上げを計上したという。中国に香港と台湾を加えると、アップルにとって米国に次ぐ2番目に大きな市場となっている。
母国の米国では、クックはドナルド・トランプとは性格も対照的で、多くの問題に関して対立する見解をもっている(そして大統領はクックの名前を尊重せず、彼を「ティム・アップル」と呼んだことがある)。それにもかかわらず、大統領と仕事できる関係を築いている。その見返りは大きかった。トランプは、中国から米国に輸入される多くの物品に影響を与えた高率関税を、iPhoneやiPadなどの製品にはかけなかったのだ。
音楽とテレビでは劣勢
しかし、心から喜べるニュースはここまでだ。新サーヴィスに乗り出したことで、アップルは高品質のハードウェアという長所の核をなす分野の外側へ出ることになる。どの新市場でもアップルが立ち向かうのは、すでに立場を固めている、豊かなリソースをもった手ごわい競争相手だ。
つまりクックは、既存の製品を完璧に磨き上げるために最適なタイミングが訪れるまで待ち、それをあまりにも上手にやってのけて競合他社を瞬時に破壊するという、アップルのいつもの技を再現するチャンスがほとんどないのである。
音楽ではSpotifyとAmazon Musicがある。Amazon Musicは好調で、6,000万人の加入者を引きつけている。だが、市場のトップを走っているのはSpotifyで、1億2,400万人の定期利用者がいる。ニュースのサブスクリプションの伸びは鈍いと、アップル関係者は認めている。世界中の大手出版社すべてと戦っているからだ。
テレビではNetflix、Amazon Prime Video、Disney+、AT&TのHBO Max、ViacomCBSのBET+、NBCユニヴァーサルのPeacock、英国の優れた番組を米国とカナダ、英国の視聴者に提供するBritboxがある。Netflixは1億6,500万人を超える加入者数を誇り、年間コンテンツ予算は170億ドルにも上る。
それにもかかわらず、アップルはテレビに対して本気だ。クックはジェニファー・アニストン、スティーヴ・カレル、オプラ・ウィンフリー、リース・ウィザースプーン、HBOの元CEOのリチャード・プレプラー、かつてソニー・ピクチャーズ テレビジョンの幹部だったジェイミー・エルリヒトとザック・ヴァン・アムバーグ、映画製作者のJ・J・エイブラムスといった大物を引き入れたものの、消費者はハリウッドの“魔法”にはかかっていない。
アップルはApple TV+の加入者数を発表していないが、調査会社Bernsteinのアナリストのトニ・サコナギは、アップルが提供した12カ月無料トライアルを選んだ消費者は1,000万人に満たなかったと指摘する。これは無料トライアルを選べる人のせいぜい10パーセントにすぎず、「驚くほど低い」選択率だとサコナギは言う。これに対してDisney+は、最初の3カ月で2,860万人を獲得している。
AI分野では「遅れたまま」
アップルは、ほかの新たな市場でつまずいている。クックはグーグルからジョン・ジャナンドレアを引き抜いて人工知能(AI)と機械学習のトップに起用したものの、アップルはAIの分野において「遅れたまま」であると、大手ITサーヴィス企業インフォシスの元CEOのヴィシャル・シッカは言う。
デジタル音声アシスタントがいい例だ。アップルは「Siri」で“オンライン執事”の分野を開拓したにもかかわらず、アマゾンの「Alexa」とグーグルの「Google アシスタント」に使いやすさとスマートスピーカーの売上げの両方で追い抜かれた。音声認識などのAIを完成させるには膨大な量の個人データが必要で、アマゾンとグーグルに適しているのだ。
なにしろアマゾンもGoogleも、わたしたちがどこにいても、わたしたちがすることすべての情報を取得している。アップルの厳格なプライヴァシー戦略は、結果的に同社の自由を奪っている。
大きな可能性を秘める医療と金融
プライヴァシーに対するアップルの姿勢が競争上有利に働く可能性があるふたつの分野は、ヘルスケアと金融サーヴィスだろう。アップルの「HealthKit」は複数のウェアラブルデヴァイスのデータを統合し、ケアを提供するチームが疾患を見つけたり、予測したりすることすら可能にする。
そう考えると、健康保険への参入は遠い話と言えるだろうか。19年8月にゴールドマン・サックスと立ち上げたクレジットカード「Apple Card」は、ますます人気が高まっている決済サーヴィス「Apple Pay」とうまく連動しているし、物理的なチタン製クレジットカードとしても存在している。アップルはこのカードを使って、ほかのテック大手が四苦八苦するであろう金融サーヴィス市場で、さらに業績を拡大できるかもしれない。
フェイスブックが提案した「Libra(リブラ)」というグローバルな仮想通貨(暗号通貨、暗号資産)に消費者と規制当局が猛反発した様子を見てもわかる通り、正常な人間ならマーク・ザッカーバーグにお金を託そうとはしないだろう。Bernsteinが最近まとめたトレンドデータによると、Apple Payはすでに世界のクレジットカード取引の約5パーセントを占めており、この数字は25年までに倍増する見込みだという。
Apple Payも含めたアップルのサーヴィスは、昨年の最後の3カ月で127億ドルの収益を上げており、これは前年同期比でおよそ20パーセント増だとアナリストは指摘する。電子決済は世界の市場規模が年間1兆ドルという、とてつもない市場機会なのだ。
ILLUSTRATION BY GREGORI SAAVEDRA
中国やロシアとの複雑な関係
中国はアップルにとって商業的成功の場かもしれないが、評判を傷つけるリスクになり始めているように見える。また、アップルが自認するプライヴァシー保護の守護聖人という立場への脅威にもなり始めているようだ。
昨年アップルは中国政府の要請を受け、中国のiCloudアカウントのデータとキーを中国国内のデータ・センターに保管し始めた。これはアップルの消費者が中国で何をしているかを中国当局が監視しやすくするものだと、プライヴァシー擁護派は指摘する。
中国の「App Store」では、もはや『ニューヨーク・タイムズ』のアプリも、中国の検閲システム「グレート・ファイアウォール(金盾)」を回避するために使用できる多くの主要な仮想プライヴェートネットワーク(VPN)アプリも提供していない。香港でアップルは、民主化運動の活動家が警察の動きを追跡するために利用していたアプリ「HKmap.live」を、中国国営メディアに批判記事が掲載されたことを受けてApp Storeから削除した。
香港で民主化デモが続くなか、中国で成功しようとするグーグルの努力に長年にわたって影響を及ぼしてきた問題を、アップルはいつまで回避し続けることができるだろうか。グーグルは昨年、中国のために検閲機能つき検索エンジンを開発する計画を、社員の反発を受けて中止した。アップルにとってのリスクは、ほかのテック企業よりも大きい。 iPhoneとiPadの工場が中国にあることで、アップルは中国から撤退できないからだ。
アップルはロシアに対するポリシーでも政治的批判に晒される可能性がある。アップルは昨年から、ロシア国内で「マップ」と「天気」アプリを使用した際に、14年にロシアが違法に併合したウクライナの領土であるクリミア半島を、ロシアの領土として表示するようになった。アップルは、この措置は「特定の国家の法律に同意できない場合でも関与することによって、表現の自由の権利を含む基本的権利の促進に最も寄与できる」ものだと主張している。
ロシアと中国でアップルの評判にかかわる問題と格闘する一方で、その他の新たな成長市場、特にインドとアフリカにおけるアップルの業績は思わしくないままだ。より安価なAndroidスマートフォンが新興市場を支配しており、それらは中国のライヴァル企業であるシャオミ(小米科技)とファーウェイ(華為技術)の製品であることが多い。これにはエントリーモデルの「iPhone SE」が助けになるかもしれない。
アップルは「世界を変えたい」のか?
クックは、さらに広範な問題にも直面している。アイヴと彼の右腕であるマーク・ニューソンが去ったことで、11年にジョブズから引き継いで以来クックを悩ませてきた問題が再浮上しているのだ。
すなわち、アップルはiPodやiPhone、そしてiPadのような、発売から数日で世界中の消費者がぜひとも手に入れなければならないと思うような革新的な製品を生み出すことができるのか、という問題だ。アップルは自律走行車プロジェクト「Project Titan」を加速させることに失敗した。Apple Watchが商業的な成功を収めたことには疑いの余地がないが、iPhoneやiPadの前には色あせてしまう。
アップルの最近の新製品を見れば、ジョブズが好んで口にした「宇宙に響くような衝撃を与えたい」という欲求をアップルが失いつつあることがわかると指摘する人々がいる。
「残りの人生を高級テレビを売ることに費やしたいのか、それとも世界を変えたいのか」──。『ニューヨーク・タイムズ』のコラムニストであるファルハド・マンジューは、そうクックに向けて辛辣に問いかけている。
さらにマンジューは、広告のないInstagramやプライヴァシーに配慮した新しいSNS、あるいは「ネオナチの温床ではない」YouTubeをアップルがつくり損ねたのはなぜなのかと問う。こうした大いなるアイデアこそ「アップルが手がけるべきことの守備範囲と大胆さに合致している」もので、プライヴァシー最優先というアップルならではの強み(USP)を補完することだろう。
強烈な魅力をもつエコシステム
もっと楽天的な人々もいる。新たなサーヴィスにアップルが参入することはリスクが高いように見えるかもしれないが、アップルは以前もこうした経験があるのだという。
1990年代末に倒産の危機に瀕したとき、ジョブズは新たなデヴァイスでサーヴィスを開発することによって会社をつくり変えた。コンピューターの販売にほぼ依存していた企業を、「iPod」と「iTunes」の組み合わせが蘇らせたのだ。
「クックがやろうとしていることは、より多様なハードウェアと結びつく新たな“iTunes的サーヴィス”を開発することで、シンプルで強烈な魅力をもつエコシステムをつくり上げることなんです」と、ある古参のアップル社員は言う。
「安全なコミュニケーション、iCloudのストレージ、テレビ、質の高いニュース、銀行取引、健康、保険、そしてそのほかのことすべてが、iPhoneやiPad、Mac、Apple Watch、そして将来的にはARメガネを提供するであろうおなじみの信頼できるメーカーからもたらされるところを想像してみてください。かなり革命的でしょう」
そして儲かることだろう。アナリストによると、これら一式のサブスクリプションとなれば、毎月100ポンド(約13,000円)を超える可能性があるという。
「キング・オブ・メディア」の世界
それなりの憶測がなければ、アップルの“物語”は完成しない。だから、予測に基づく次のようなニュースをお知らせしておくのもいいだろう。
アップルはステンレス製の枠をもつ「iPhone 4」のようなデザインのスマートフォンや、さらに優れた深度センサーを備えてARに利用できる新しいカメラ、3Dカメラを搭載したiPadを開発しているかもしれない。そしてMacはインテル製プロセッサーからARMベースの自社製チップへの乗り換えてを計画しており、これはチップ市場に参入する兆しかもしれない。さらにはインターネット接続を宇宙から地上に向けて提供する通信衛星まで開発中──といったニュースだ。
習近平、ジェニファー・アニストン、香港の活動家、自律走行車、ふたりのヒットメーカーの喪失、深宇宙、ロシア帝国主義、そして欠けている魔力。こうして挙げていくと、人気ドラマ「キング・オブ・メディア」がドキュメンタリーであるかのように思えてくる。まさにApple TV+で採用すべきアイデアだろう。Netflixでもいいかもしれない。(第2回に続く)
※『WIRED』によるアップルの関連記事はこちら。
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June 19, 2020 at 06:00AM
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